月の海から地球を眺め

宇宙人から見た地球。そしてニッポン。

恋い慕い神風迅雷分けていざ

とまぁ威勢のいい題名になりましたけれど。本当に行くのか私。

 

事の発端は壱岐に行きたいと思っていたことでした。

行くなら早いほうが良いだろうと、4日深夜起動、LCCで翌朝5日出動の予定を組んでみたわけですが。

 

 

www.huffingtonpost.jp

 

おーまーえーさー!

 

いや、壱岐って確かに神風の地(元寇襲来地)ですけれど。

何も旅行の時に神風起こすこたぁねぇでしょうよ。

 

何を隠そう前回の旅行である熊野本宮大社訪問の時も、事前計画で予約まで取ってたのに直前になって台風が和歌山直撃の予報出てたりしてたので、何と言うかホントやめてくださいって言いたい。

今回は月讀神社だけではなく、黄泉津大神様の鏡岳神社も行こうとしていたから、もう大母様に逢いに行こうとすると神風ぶっ放されるんですかって思ってしまう。

 

前回どうしたかって?ええこのブログに書いてあります。

行 き ま し た よ 。全力で周囲に止められるのを振り切って雨の中強行軍かましました。行ってみたら意外と大したことなくて良かった良かった。

だから今回も取り敢えず予約をせずに飛行機だけ取ってぶっぱしてみようかって思ってます。島に入りさえすれば壱岐の何処かなら宿取れるでしょう…。流石にキャンセル料前提で予約取るのは今回は無理ある気がする!

最大の問題は上記予報で完全に直撃ルートになっている壱岐⇔博多間で、ここが暴風や梅雨前線巻き込んだ影響で時化てるとフェリーワンチャン止まるんじゃないかって思える。飛行機は多分ルート変えれば飛ぶことは出来るだろうなって思うけれど。

もし上手く外れてくれれば、台風一過の青空の中フェリー遊覧なので、その場合1等席で優雅に海を眺めながら疑似クルージングみたいな事は出来る気がする。それはそれでとても乙というか、甲ですわね。

そんなこんなでどうしたものかなと思案する本日でした。

いや、多分行きますけどね。

背広から外す名札の重きかな

重たい。

重たい。

 

と言うわけで重たい話題です。お久しぶりです。

 

何も書いて来ませんでしたが、遂にこの斜陽部署吹っ飛びました。

んでもって私も同時に失職であります。しゃあないね。

 

今までも何回か辞めたりクビになったりしてきたけれど、今回は外す名札の重みが違った。無くなってから解るとあちこちで言うけど、まさかこんな事で体験するたぁねぇ。

 

この一ヶ月、消えるとなってから分かった事もあった。みんなが急に優しくなったり急に素っ気なくなったりと言う事は無かったけれど。

如何にして人が溶け込むのに、受け容れるのに、心を割くものかとか、あれこれ試してみるのかとか。

特に上司が其れに苦闘してた事を察せられたのはデカい。(本人は何も云うてません)

 

実は今回、次にどうするか全く決めてない。

全く頭に浮かんで来なかった。浮かんでも三日するとしっくり来なくなったり。どうしたら其れを出来るかがまとまらなかったり。

 

 

今日は夏越しの大祓。

大母様とお慕いし、週3以上で通ってた黄泉津大神様に、大祓のお願いと取り敢えずのお別れの御挨拶をしてきました。

何というか、色々な意味で一転の日だと思う。

 

欲を言うのなら、七月は旅に出たい。

壱岐に行きたい。(月讀神社、箱崎八幡神社、鏡岳神社)

島根に行きたい。(出雲大社、黄泉津比良坂)

そうだ、京都に行こう。(松尾大社伏見稲荷大社

いま、ふたたびの奈良へ。(葛城一言主神社大和神社

 

特に壱岐と奈良は多少無茶でも行きたい。

御朱印帳の中央は左に伊勢内宮、右に月讀神社。

御朱印帳の最初は三竹山、最後は葛城山と決めている。

大和の大神様。私は貴方様を忘れている訳では決して在りません。甘やかしてくれる御母様にうつつ抜かしてましたけど←

 

実は壱岐市は一度行ってるのだけど、当時は御朱印帳集めて無かった。葛野坐月讀神社の御守りに気を吸わせて満足していた私。

あの時は月讀神社だけ恐怖感と言うかプレッシャーヤバかったけど、今行ったらどうなるだろうか。やっぱり睨まれるんだろうか。

箱崎八幡神社ではプチ肉離れも治癒してもらったし、壱岐市って私にとって奇跡の地なんですよね。霊感なかったのにスピリチュアル体験ガンガン。流石に天津神の神脈は違う。

あの地は真の意味で神道が根付いている。

神道は日月の間にあり。と言う言葉の意味を体験したければ壱岐市に行きなさいと言いたい。ナチュラルにライフサイクルに染み付いてるから。壱岐島にとって神道って宗教じゃないんですよね。ただの生活の一部。

明治政府の文言見るよりも遥かに手っ取り早いです。

 

…っと、すみません。勢い付いて話し過ぎました(´・ω・;)

重たい話題から飛ばさずに此処まで読み進められた変人(ド失礼)の貴方様。是非友達になって下さいお願いしますorz←

 

別世界の弟君

何事か最近ありまして、私が弟と父と母の間に入る事が起こりました。それ自体は大したことでは無いのですが、母が割とカンカンで久し振りにエンドレス愚痴モード来たので相当に荒れたのでしょう。弟からも電話が来て、それに対して意見を出しました。

基本的に私と弟は小さい頃からもう全てに於いて真逆と言う人間で、私⇔弟は、インドア⇔アウトドア、学力⇔体力、人見知り⇔友達即日、愚痴聞き⇔遊び歩きと対比要素には事欠かない。

しかし愚痴聞きの本領と言いますか、今回は其れが彼の役に立ったので、今度うちに飲みに来いやと誘われまして。そんな二人が久し振りにお酒を交わす事になりました。

 

結果:ナンパ以外の話されなかった。

 

頭痛いわ。私頭痛いわ。

余りにもアレで多少深く飲んだけど多分それとは違うわ。

曰く、遊び歩く事は本命を仕留める時の為に必要なんだ。遊ばない奴より遊んでる奴の方が優しい。遊んでおかないと自分が射止めたい相手も悪い男に取られる引っ掛かる。

ナンパは90秒が勝負、服装は清潔感を大事に。楽しませる事が大事。正しい女性の触り方、以下略す!

正直若干引きながら聞いてるのだけど、余りにも他の事を喋ってくれないので、休みの日何してるの?と聞いたところ、寝るか飲む(ナンパ)か彼女といるか。と答えが来ました。

左様か。左様か。

ちなみに彼女には遊び歩いてる事はバレとるらしく、「私は貴方に向いてくれるよう努力する、貴方は私を見るよう努力する。」で一度話付いたらしいんだけど、昨日もまた一人引っ掛けてやっとるからねぇ。ラブホテルがライフワーク。

優しさって何だろう。

なんかスサノオさんを見ているような気分になる私こと月読さんです。三貴神に謝れ?すいませんでしたorz

まぁ、それに付いていきたい人がいるわけだし、大学時代から遊び歩いて生きてる訳だし、本人には何も言わないし、言う必要もない。ただ、私はやっぱりゴーイングマイウェイでいいかな!とは思った。

この須佐之男君(仮)の何がアレって、本人至って真面目に悪意無くこれなんですよね。まるで高天原で剣齧って女神産み出した(善心の証明)のに騒動を起こす誰かみたいな事になっとるわけで。

 

弟「で、そういう月読の恋愛観って何よ。」

月「がっついても碌な事にならないので、天真爛漫で無欲に振る舞い、仲良くなったら仲良くなればいいんじゃないかな。」

弟「それで本当に好きになった人が出来たらどうすんの?(以下経験を積め省略)」

 

吾輩は変態である。異論は多分出ない。

深酒を服した翌日に、当初の予定通りキャリーケースを担ぎながら雨の中高尾山登ろうとしてる←

何でキャリーケースか?彼の家に泊まるために着替えと私物が必要で、親からも物資運搬をついでに頼まれていたから。其れらを運ぶならこれが都合が良かった訳です。

それ普通やらんだろ。と彼には言われたけれど、私普通じゃないから良いよ。と返してきた。あそう。って返された。うちらの互いに対するスタンスはこんなもんである。冷めているだろうか?

ただ、私達のような真逆の人間が違いを埋めようとせずに存在するならば不干渉は絶対である。実に日本人だと思う。

 

ちなみに私は道行く人がキャリーケース二度見して爆笑するまで予定内なので今日はきっと大丈夫だ。

花咲くを待ち数えるや竹の節

おはようございます。

今日もまた、晴れの日。宜しい事ですね。

花粉がアレで山登りの度にえらいことなってましたけどそろそろ落ち着きそうだし、実に行楽日和です。

私は仕事だけどな!!

 

うちに入った新人さんが、何やら本業で声優の卵をしているらしいのですが、苦節六年の末、遂に初仕事もらいましたー!と報告してきました。それも東洋経済オンラインからの仕事だとか。

とてもめでたいですね。

記念に飯でも奢るかーと思ったのですが、彼女と数年同棲中と聞いていたので、まぁ今日は彼女とお祝いのがええかなと思いまして、訊いてみたらすいませんやはり彼女と居させてくださいとの事。勿論承諾。

二人共酒を飲めるけど好まないらしいので、甘いものくれたろと思って仕事上がりに駅ビル散策。Morozoffを発見。Morozoffは去年うちの弟に、彼女へのクリスマスケエキとして勧めたメーカー。甘い物好きな人には説明不要ですね。

その時あったのはイチゴタルトっぽいホール、チーズケーキのホール、いつものプリンと、砂糖にこだわったプリンの四種。

Morozoffと言えばプリン。そのプリンは324円。タルト964円(虚覚え)、チーズケーキ1080円。祝いとあらば値段的にはチーズケーキが丁度良い。小祝だし私ただの他人だし。

しかしMorozoffと言えばプリンである。甘い物好きの彼女とあらばチーズケーキなぞ買おうものなら、「プリンじゃないのー?」と言われてしまうかもしれない。プリンを4個買えば1296円。微妙に高い。かと言って一個ずつで648円も安い。と云うか祝いにプリンって何か変。あれひょっとしたらMorozoff詰んでる?いや他だと新宿周りコスパ悪い。GODIVAとか見てみろよ。チョコアソート7500円だぞ。買えるかいダボが!

とまぁ散々迷った挙句に私はチーズケーキを買いました。理由は食べてる時の姿を想像して。折角二人でお祝いするなら、一つのホールから切り分ける方がきっと楽しいと思ったからでした。

んで職場に蜻蛉返りしてまだ仕事中の奴にケーキ押し付けてきたのが昨日。今日は奴が休みなのでどうしたかは聞いてない。

 

何も無いようで、日々平坦に苦を舐めているようでも、同じ場所で年月を重ねれば自然と節は出来る。そうして苦節を重ねて数えて、高く伸びた竹はとても美しい。花なんて一生に良くて一咲き。真竹の花周期は120年だ。咲けば一斉、謙虚な花を派手に咲かせる。而して咲かずに死すもまた往々。しかし竹がそれに文句を云うだろうか。

頑張って欲しいなぁ。

 

 

ところでこの話にはオチがありまして。

 

私、Morozoff食べた事無いんだよな;

初初し若芽葉桜風浴びて


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葉桜と言うと、普段は雑味の出た桜と云う観念なんですが、冬の枯れ枝のような公園を毎日見ていた後だと、其れも賑やかで愛おしく見えてきます。

おはようございます。

街には慣れないスーツに着られた新社会人がちらほらといて春を感じます。うちも新人を一人迎えて、仕事と教育の二足草鞋でてんやわんやです。おまけに仕事の方式まで変わるから宜しくとか言われてる。わっちぴんち。

 

友人が子宮筋腫で全摘したと知らせを受けました。麻酔の効かない体質だから多分死ぬ程痛かっただろうなぁ。出産並には痛いのでは無かろうか。退院祝に生シラス1キロ送付。多分食が細くても食えるはずですよね…?

送った事を伝えたら、旦那に食わせるかは猫と相談して決めるとの事でした()←

だんなぁぁぁぉぉぁ!

 

あとあれです。私事ですが。

伊藤園の新俳句大賞の二次選考をつうかしたみたいです。やったぜ。

賞金もらえたらいいな!←

生存報告

昨日私がした行動の中で最も大それたことは、多分神社で神様を花見に誘った事だと思う。

 

お久しぶりです。御無沙汰しております。

この一ヶ月記事になりそうな事もやって来たのですが、筆を全く取りませんでした。

例えば大阪(西成含)行ってきたり、高尾山、都庁、靖国神社を一日で周ってみたり、菅野完の書籍読んでみたり、職場に新人が入って来てテンテコしてたり。

 

追々また書いて行きたいです。

本日は生存報告まで。

ひとり以外で飯を喰うのか?

Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」

飯とは孤独で無ければならない。
余計な雑念を入れずに、五感を駆使するのだ。
店の雰囲気、手入れの良さ、立ち居振る舞いから発せられる音、さりげ無くあしらわれた飾り気、調理する前の素材の匂い、そして調理された後の仕上がった香り。色艶、焼き目、温度。
人と話していてこれらが解るだろうか。
食とは殺しである。私達は幾許の意思を殺して日々の糧を得ている。なればこそ彼らの生き様、死に様と言うものを可能な限り理解し、その果てを可能な限り憶えておかねばならない。
この食事が楽しいのは君が生きていてくれたからか?
この食事が楽しいのは、君が死んでいてくれたからだ。

印象に残っている屋台がある。
其れは沖縄・那覇の第二公設市場にあった、沖縄そば屋だ。市場のメインロードから一本逸れた場所にある其れは、私が最初に行ったとき、既に満員だった。
店はおばあちゃんが一人で切り盛りしていたように記憶している。常に湯気立つ店内で、客は一心不乱に沖縄そばをすすっていた。少し脂っぽいような独特の臭い。しかして不快感は無かった。
其処の沖縄そばは一杯350円。豚の三枚肉(アバラ)が増えて550円。普通に一番安い沖縄そばを頼んだ。
おばあちゃんが寄越した沖縄そばは、量は普通の東京の蕎麦よりも少し多いくらい。かまぼこと三枚肉も三枚ほど載っており、充分贅沢であった。既にこの時点で350円は都会の人間には破格であるが、一口食べて私は更に驚いた。鈍くゆっくりと、幾許のクセと共に広がる旨味。尖りの無い、丸くて重たい味を、優しい沖縄の塩で更にまろやかにしている。
そう。牛出汁である。
それも自家の牛を屠殺し、その肉を塊のまま骨ごと荒っぽく煮詰めたあの味だ。昔の農家が、田舎の農家が、祝い事のために牛を潰して、其れを親戚郎党に振る舞うために最もシンプルにマース煮(塩煮込み)にしたあの形。日の老いたるものは懐かしさに涙する者もいるのでは無かろうか。
ふざけるな。と思った。
そりゃあこれだけ人も入る。皆が愛する理由も解る。おばあちゃんが一人だから切り盛りも成り立つ。逆に言えばそれ以外では成り立つまい。
私はその時絶対にその味を忘れまいと必死に、しかし麺が伸びない程度に味わって喰った。

三年後、同じ場所に行った。
果たして店はそこにあった。
中にいるのは比較的若い夫婦。客の数は1/3減か。其れでも充分繁盛している。匂いは何処か馴染みのあるものに変わっていた。
頼んだそばの値段は変わらない。
乗っている三枚肉もかまぼこも変わらない。
しかし薄濁った白湯のような汁は白味のかった綺麗なツユになっていた。飲めば其れは、沖縄そばとして馴染みのある鰹ベースのスープであった。


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