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月の海から地球を眺め

宇宙人から見た地球。そしてニッポン。

終戦を考えていたら二日経っていた。うそです。

終戦の日もまた、いつものようにお近くのお社に詣でていた私。
終戦の日は境目と言う事もあり、いつも精々が多くても一人二人と言う神社に人が数名並んでいた。
私も記念と言うには何なのだが、これまでの好を思い肌護りを一つお譲りして頂いた。

今迄はかつての帝国の知識には興味を抱かなかった私だが、今年は玉音放送を聞いて、当時の方々を偲んでみた。
今も昔も、エゴの衝突で戦は起こり、その度に誰かが苦痛を得て来た。大東亜の折は、其れが国民全体に広がった。その点は実に愚かな陸軍であった訳だが、そのせいで日本人はスイスに次いで、最も戦争を身近に感じる民衆になったと言える。
アメリカの核先制不使用宣言に抗議した安倍なんとかさんの話は、色々な人が寝耳に水だったろう。元から核爆弾への防御は小型ミサイルだ。抑止力的な意味以外で核への対処に核が要るなんて思っている人間はこの世に存在しない。核はかなりデリケートだ。システムが崩れれば唯の放射性廃棄物でしかないのだから。
共産圏に国としてのダブルスタンダードを露呈したな。愚か者め。形だけでも歓迎しておけば良かったものを。日本の非核論はこれで形の無いものとなった。(それで核武装化の口実作るのが目的か?らしいと言えばらしいが。)

閑話休題
昭和天皇立憲君主と言う立場を大事にし、聖断以外の干渉をあまり掛けなかった事は聞いている。今上陛下の今の在り方も、元を正せば昭和天皇の背中を見ていた所が大いにあるはずだ。最近の譲位についての御言葉からもそれは伝わって来る。
日本国民統合の象徴として、中立な立場に気を付けていた事も見れば分かる話であり、古今東西の君主として見た時、今上陛下は名君と呼んで差し支え無いのだろうと思った。(今までは君主と言う意識で今上陛下を見ていなかったので)

私が通う御社の近くには住友のビルがあり、その何十何階には平和資料記念館がある。戦時の話はもとより、戦後のシベリア労働でなくなった方々の資料も展示されている。兵士として駆り出された方々の話を聞けば、なる程此処から帰ったならば、日本に居るだけで何の苦労も苦になるまいと得心を得るに至る。但し、そんな中でも異国ロマンスの話もチラホラ伺えるのが流石と言うか、国は国、人は人。とも思う訳で。あの極限で人としての矜持を保ち、異国の女医を惚れさせるとあらば、そら帰国したら経済をあっという間に立て直すわなと思ったり。
矢張り伊達では無いんだね。当代の日本人といふやつは。

うん。何が言いたいのかって?
終戦記念日を、英霊に花向けするだけでなく敬老の日にしてみては如何かね?